わたしたちは支配されている


読みました『LOVELESS』。人気があるという話は聞いていました。前回「読んでないよ」と言ったら、「ドリを歩いて」で協力してくれたCさん(私とタメの腐女子)がラブレスに関する熱いメールをくれたりしたので、読もう読もうと思ってはいつつも、ネット上のあらすじ説明の凄さに負けて先のばしにしてました。
あーでも、実際読んでみるとあれですね、ぜんぜん平気だった(笑)確かに文で説明しようとするとイタいことこの上ないんですが、読んでしまえば(高河ゆん世界とのシンパシーがあれば)すんなり読み進められます。さすがだぜ。しかし、高河ゆん世界を文字にするのは難しい…


さて、この世界は「子ども」「大人」という概念が作品中にはっきりと現れます。上で私が使っている子ども/大人とは意味合いが違います。
子どもには猫耳とシッポがあります。行為をしたあとにはそれらは落ちてしまいます。だから、猫耳のある人はみなセックス未経験。ない人は経験者「大人」。外から見てわかってしまう。


主人公の立夏(りつか)くんは小学六年生。もちろん猫耳付きです。これは高河ゆん作品には今までなかった低年齢の主人公ではないでしょうか。ちはやは、飛び級してるけど十五歳以下ってことはないだろう(『アーシアン』)克己は高校生だ(『源氏』)
『ありすINワンダーランド』『飢餓一族』『子どもたちは夜の住人』『サフラン・ゼロ・ビート』『ローラカイザー』『夜嬢帝国』『REN-AI』『You're My Only Shinin' Star 』『妖精事件』(以上私の読んでいる作品群)…だいたいは高校生。小学生が主人公ってのは今までにない。
小学校六年生で義務教育中、自分でお金を稼ぐことも家を出て行くこともできない彼は、高河作品の中で最も無力な主人公であるといえます。
高河作品の主人公は、頭がよく、自分でお金を稼げるキャラであることが多いです。(=自立してる、と表現される)ちはやは首席だし、久美も成績が良い。克己はどうだったかな?『妖精事件』のじゅりあは成績は悪いですが、自分で居心地の悪い家族を捨てて王子を助けよう、追おうとする強さを持っています。
立夏は成績が良いですが、下の事情から、それを自分を肯定する材料にはできません。むしろ彼にとっては忌むべき材料なのです。


立夏は記憶喪失で、二年前からの記憶はいっさいありません。記憶を失う前の彼は、今の彼とまったく違う性格でした。成績はよくないが、明るく、友達が多く、みんなに愛されていた立夏。今の彼は、成績は良いが、愛想が悪く、周囲には反抗的です。
立夏は昔の自分を知りません。母親はそんな息子を「自分の息子ではない」と精神的に(時に物理的に)虐待します。
立夏は、通っているカウンセリングの先生に「先生は今の立夏くん好きだよ」「立夏くん、人間は誰でも自分のために生きていいんだよ」と言われますが、心の中で「先生 それは 無理だよ」と呟きます。
家に帰ると、母親が立夏を抱きしめて言います。「治療は進んだの?立夏 帰ってきてくれたのね」(元の立夏に戻ったわよね、という意味)ですが、彼は以前の自分の記憶がないので、戻ったフリもできません。母親に謝りますが、母親は「どうして?立夏はどこにいっちゃったの?」と泣き出し、暴力をふるい、彼に向かって「あなた誰?立夏を返してよ!」と叫びます。
立夏は母親に抱きしめられ、突き放され、罵倒されている間、カウンセリングの先生に向かって心の中でつぶやきます。

「自分でいること」が 悪いことだとは 本当は オレは思っていない
だけど
オレの場合
立夏じゃない」ということは
罪だ

  『自分のために生きていいのよ』

先生どうやって?
こんな悲しそうな母さんをほったらかしてどうやって?

わかんねえよ先生 
どうやって自分のために生きればいいの?

食事の際も、母親は彼を試します。昔の立夏が嫌いだったものを出し、うっかりそれを食べてしまうと「立夏はそれは食べなかった」と彼を怒るのです。
そのように日常的に自身を否定されているため、立夏は自分を肯定することができません。他人に「好き」と言われても、「なんでそんなことを言うんだろう」「好きだと言われると、心が冷える」という風に感じます。


彼は「自分の思う通りの息子でない」という理由で、親から虐待されながら生活しているのです。


そんな立夏が出会ったのが、記憶を失ったあとも彼をかわいがってくれた兄(のちに謎の死をとげる)の友人である草灯です。
まあいろいろわかんねー設定(笑)は割愛して、草灯は立夏に命令されれば無条件で従う、と言いますが、立夏はそれを「兄がそうしろと言ったからだ」と苦しみます。草灯に自分自身を求められたいと切望しますが…というかまあややこしい。戦闘機とかサクリファイスとかいろいろあるわけですが、四巻まで読んでもそれはよくわかりませんしわかるようにも描いてありません(笑)しかし、それでいーのです。高河ゆん漫画はそれでいーのです。大事なことさえ伝われば、それでいーのです。決しておとしめているわけではないのです。


高河ゆんの漫画は初期の頃と変わってしまって、それ以来読まなくなったという人は多いでしょう。事実私も足が遠のいていました。ですが、確かにこの作品は「戻ってきた」という感じがしますねえ。


白い天使ばかりの中に突然変異で黒く生まれてしまった『アーシアン』のちはやと同じように、主人公の立夏は自分を肯定しにくい環境におかれています。高河ゆんの作品で強く支持された作品が両方とも「迫害される」「虐待される」「自己肯定できない」主人公であるということは、大きな意味を持っていると思います。


追記:ラブレスを一読したのち、今再読してきたところです。
この作品のテーマは「支配する・される関係からの脱出」なんだなあと思いました。
立夏は母親に支配されている。ユイコは最初の方、友人たちに支配されている。草灯は支配されたいのだと言い、戦闘機とサクリファイスたちは先生と呼ばれる人たちに、そして同じ名前をもつ互いに支配されています。


立夏くんがどんな風に自分自身を手に入れることができるのか。ラブレス、読み続けていこうと思います。